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忘れられた被害者?



     8月は、嫌いです。 何故ならば、敗戦の日があるから。

     (今日は文章の多い話題になりますので、斜め読み又はスルーしてください)


     TV、新聞、毎年この月になると、戦争犠牲者の話題が急増します。

     若い命をお国のために、お気の毒でした。

    それはそれとして、誰ひとり、口にしない被害者がいたことも知って頂きたいのです。

    
     それは、職業軍人とその家族です。

     父は、生え抜きの職業軍人でした。終戦は、某近海の島で迎えました。

      徹底的な悪者に仕立て上げられた職業軍人たち、

         終戦後の風当てりの酷かったこと。

    
     母と疎開先で心細い生活を送っていた中2のワタシは、近所の子供たちのイジメに

    合い、飼っていた猫を水槽に沈めて殺されました。囃し立てた彼らの声が憎かった。

    戦後は、最悪でした。

     無事に帰還したものの、父は公職追放、収入はゼロ。

     いわゆる「筍生活」の始まりです。

    買い出しに農家を訪れれば、異口同音と言っていいほど言われたのは、


    「軍人さんは、戦争中、いい思いをしなさったから・・・」  卑屈な笑みを浮かべて。


    着物や貴金属・宝石類をたくさん、お持ちでしょう?? 

   
  飛んでもないハナシです。軍人は率先して簡素に生活せよ、母は装飾品の

   たぐいは、全部供出しました。 


    戦後、あまり持っていなかった着物はみな、食料品やら、薪に姿を変えました。

   父は故郷の北海道に帰ることも考えたようですが、家も焼け残ったことではあり、

   子ども達の教育を考えてか、行商をしてまで、東京に残ることにしたそうです。

    ワタシも一緒に、色鉛筆の行商を手伝いましたよ。



     軍部、軍人と言うと、必ず往復ピンタだの、暴行だのと悪者扱いにされますが、

     そうでない人の方も多かったことも、知って頂きたいのです。


     事実、心優しい元部下の方たちが、

   「恩返しをするのは、当然」と、さまざまな形で支えて下さって、何とか生き延びました。


 
    父は、103才で天寿を全うしましたが、あの日以来、戦争の話はプッツリなし。

     元職業軍人で、同じような屈辱を受け、じっと我慢した方に思いを馳せると、

    心痛みます。

      

       1-10.jpg

                  あの日も、暑い夏の日でした。

    


     自分の国を守るために、上部の命令そのままに行動しただけで、なぜ悪者

    扱いにされなければならなかったのか、殺された猫の恨みは今も消えません。


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HAL

猫ちゃん水槽で溺死とかひどすぎる(´Д`;)
 
by HAL (2015-08-04 16:07) 

岩田 茂人

食料難で、お袋が買い出しに行っても分けて貰えないと、こぼしていたのを、思い出しました。
私も、新聞配達をして お袋を助けたことも、頭に流れています。
by 岩田 茂人 (2015-08-04 17:56) 

斗夢

ご苦労なさったんですね。
母の妹の旦那は海軍の職業軍人でした。子供たちはいじめられなかったようです。
田舎だからでしょうか。でも子供のわたしにもわかるような貧乏な生活を
していました。
by 斗夢 (2015-08-04 17:59) 

テリー

日本のマスコミは、一面の捉え方しかしませんね。
by テリー (2015-08-04 18:11) 

mamii

悪いのは当時は国を動かしていた軍人たちです。
お陰で私は終戦後になって戦ってきました。


by mamii (2015-08-04 18:16) 

やっしー

「とても心がゆさぶられるお話でした」
日本がもっと大人の国になって、
あの戦争のことをもっと正しく認識して、
お父さまの名誉回復がなされるといいですね。そう願わずにいられません。
by やっしー (2015-08-04 18:40) 

ゆうみ

父も職業軍人でした。
戦地に行く 飛行機に乗る直前 高熱をだし 倒れ
内地で終戦を迎えました。
叔父は シベリアに抑留され片目を失いもう一人の叔父は内地で片足を失った。
そして母は 東京から疎開で山形へ生き 疎開先の養女となりました。
人の運命はどこでどうなるのか 本当にわからない。
by ゆうみ (2015-08-04 19:00) 

Baldhead1010

今よりもずっと情報が少なく、教育も偏っていた時代、国民のおつむも偏っていたのでしょうね。

職業軍人が戦を始めたのではありませんのに・・・。
by Baldhead1010 (2015-08-05 04:34) 

shiho

okkoさん、ご苦労されたんですね。
猫ちゃん…かわいそうに(T_T)
でもokkoさんの事をお星さまになって見守っていますね。

私の祖父も軍人さんでした。
戦後~死ぬまで、夢に死んでいった仲間や後輩が出てきて
うなされてたよ!って言ってました。
戦争は2度としちゃいけませんよね。
by shiho (2015-08-05 06:30) 

OJJ

防空壕でスイトンを食ったおぼろげな記憶が有ります。
どの世界でも意志強固な確信犯は少なく多くは付和雷同組と思います。
どこかに書いたかもしれませんが、もう少し時間が経ってから<子も孫も無い人に一国の政治を託したのがいけなかったんだ~>という思いはしたくないですね。
by OJJ (2015-08-05 08:55) 

okko

*HALさん
狂気の沙汰です!涙も出ませんでした、怒りで。


*岩田さま
親切は農家の人もいましたよ、でも、大体はこんな調子でした。
薪や食料、満杯のリュック、重みが肩に喰いこみました。


*斗夢さん
東京からあまり離れていない場所でした。口には出さないけれど、冷たい視線をしょっちゅう感じながら、空いていた離れを借りて住んでいました。
緑に囲まれた環境のいい場所でしたから、なおさら、身に堪えました。


*テリーさん
本当にそう思います。あらゆる面から戦後の記憶を辿ってもらいたいです。


*mamiiさん
シベリア抑留の悲惨さは、TVでも伝えていますし、最近、生き延びられた方たちの記録収集なども始まりましたね。ようやく日なたに出てきたって感じです。


*やっしーさん
父が無事に帰って来たことだけでも、感謝しなくてはいけませんね。

東京に戻っても、学校の帰りにイナゴを捕まえたり(食用にするため)、サツマイモの葉や茎をちぎったり・・・私たちを食べさせてくれた母の苦労は並大抵ではなったと思います。父が穏やかな顔で、息を引き取ってくれただけは、救いです。


*ゆうみさん
叔父上は、↑mamiiさんとおなじですね。

本当にそれぞれの形で、戦争は何らかの影響、犠牲を払わされているんですね。
職業軍人は、すっかり蔭の存在になってしまいました。みんな、一生懸命だったのに~~。特攻隊だけが妙に脚光を浴びているのには、違和感すら感じます。


*Baldheadさん
報道はみんな大本営発表、上から目線で、軍部に都合のいいことしかつたえませんでしたしね。

騙された!と思われても仕方がなかったかも。殆どの軍人、軍属は命令に忠実に従ったまでのことなのに、よくも嫌われ者になったものだと、痛感しました。


*shihoさん
猫の件は、ショックでした!悲しみより怒りが強くて、噛みついてやろうかと思いましたが、「ここは我慢して・・・」 と腕を押さえられました。

お祖父さまもおつらかったでしょうね~~。晩年、もっと父にいろいろ聞いておけばよかったと、後悔しきりです。



*OJJさん
そうですよ、実害はないのに、「軍人が悪かったから、負けた」という空気が流れていたように思います。  評判の悪い方の代わりになる逸材がいない、というのが
現在の悩ましいところですね。
by okko (2015-08-05 16:04) 

ゴーパ1号

こんにちは。
つらい体験を思い出される季節なのですね。
今も昔も、思い込まされた情報を鵜呑みに、罪もない人々を追い詰めるというスタイルは変わっていないのですね。
by ゴーパ1号 (2015-08-05 17:23) 

mwainfo

「8月は、嫌いです。 何故ならば、敗戦の日があるから」、同感です。
私の父も、ビルマ激戦地から奇跡的に生還しました。戦争について語ることはありませんでした。
by mwainfo (2015-08-05 17:58) 

すぅ〜(*´`*)

『敗戦の日』が、おじいちゃんの誕生日でした…
一部の事で全部を判断しないようにしたいです、いかなることも。
今年はあらゆる角度からマスコミが取り上げていますが、
それも、ほんの一部の事と肝に命じておきます。
ネコちゃんの事、衝撃です…
この記事に出逢えて良かったです。
by すぅ〜(*´`*) (2015-08-05 20:11) 

エンジェル

色々なご苦労をなさったのですね。。。
しかし、何故猫ちゃんまで殺されなければならなかったのでしょう。本当に心が痛みます。戦争という化け物が人々の心も変えてしまうのですね。悲しい事です。日本は二度と戦争に関わって欲しくありません。
by エンジェル (2015-08-05 21:08) 

きまじめさん

okkoさん、戦後のご苦労は、御本の中で少し語っておられましたが
猫の話は初めてのような・・・ショックを受けました。
随分と辛い思いをなさったのですね。
連れ合いの父親も職業軍人でしたので、戦後かなり苦労したようです。
by きまじめさん (2015-08-05 23:07) 

Silvermac

職業軍人は立派な仕事でした。敗戦の年に最後の陸軍幼年学校受験予定でしたが、無くなりました。
戦争を垣間見てもいない人達が騒ぎ立てるに違和感を感じます。
by Silvermac (2015-08-06 06:06) 

okko

*ごーぱ一号さん
「軍人は悪者だ」っていうことを、刷り込まれていたんでしょうね。
憲兵サンもお気の毒な役回りだったとおもいますよ。


*mwainfoさん
今日は広島に原爆が投下された日。「過ちは二度と繰り返しませんから」はおかしいでしょ、「繰り返させませんから」じゃない?と思っていたら、産経朝刊に同じようなことを考えている人がいて、ニヤリでした。


*すぅ~~さん
メディアは、話題性のあるものだけ、視聴率の問題もあり、取り上げています。
ワタシも、おっしゃるように、報道を鵜呑みにしないでいろいろな角度から、考えるようにします。「記事に出合えてよかった」の言葉、嬉しくいただきました。

猫は「ミーちゃん」、三毛の可愛い子でした。苦しかっただろうな~~。


*エンジェルさん
よほど憎かったんでしょうね。「お前たちのせいで戦争になったんだ!」って。

精神を狂わせてしまったのでしょう。

何故、戦争に追い込まれたか・・・詳しいことは何も知らされていないけど、切羽詰まっての結果だったんでしょうね。


*きまじめさん
辛くて、口惜しい、そして貧しい経験を積んだおかげで、今はコワイもの、何にもありませ~~ん。あ、殺人とかはイヤだけど。

義理のお祖父さまも、屈辱を味わられたんですね。お察しいたします。


*Silvermacさん
父方の祖父は屯田兵でしたから、大勢いる子どものうち、1人は軍人にしたかったようです。
理解を示して頂けて、とても安堵しました。有難うございます。
by okko (2015-08-06 11:45) 

旅爺さん

戦争の想い出はその人その人が亡くなるまで続くわけですから、
戦争は如何に残酷なことかと思います。
私もオヤジの背中のリックに乗せられて買い出しした想い出は消えません。
by 旅爺さん (2015-08-06 12:49) 

MIKUKO.

遅れ馳せながら、しっかり拝読させて頂きました。
okkoさん、そしてご家族のご苦労は、
他者には到底分かり得ないものだったと思います。
なので、無責任なことは言えませんが、
やはり人が人の命を奪う戦争は、何も生まないのだと思えます。
何の罪もない猫ちゃんの命を奪われた恨み、絶対に消えないですね・・・。
by MIKUKO. (2015-08-07 19:42) 

トモミ

黙祷(猫ちゃんと、お父様に)…
故田中角栄だかが「我々戦争を知っている世代がいるうちは日本は大丈夫だ」というような主旨のことをいっていたそうですが、戦後生まれの首相を持つ昨今、全然大丈夫じゃないですね!!
by トモミ (2015-08-08 09:50) 

nomu

貴重なお話、ありがとうございました
辛い思いをした方からの直接の言葉は、心に響きます
原爆被爆者語り部の方々の高齢化も問題になっていますが、
私たちの世代が繋がないといけないのに、何も出来ないことがもどかしいです
by nomu (2015-08-08 10:49) 

okko

*旅爺さん
その通りです。プラスに考えると、苦労してきた分、今は大抵のことが恐くなくなりました。あんなに汚れたモノ食べても平気だった、免疫力はついてますね。


*MIKUKOさん
ご訪問、有難うございます。
そう、いくら聞いたって、経験がないとはっきりは分かりませんよね。
子ども達の気持ちまでが、あれほど荒んでいたとは・・・信じがたいことです。
戦争は何も生まないけれど、世界の何処かで、必ず血を流している人がいることも忘れてはいけませんね。


*トモミさん
猫の恨みはコワイですから、あの子たち、夢でうなされたことでしょう。

分かりますけど、自分の国は自分で守らなければ。いつの間にか、徴兵制なんて不気味な言葉が現れたのは何故なんでしょう。ワケのわからん人たちの扇動に乗るのもこわいですね。アメリカも何時までも頼りにはできませんよ~~。


*nomuさん
有難うゴザイマス! 私たち家族は、終戦後、数年間、悪者扱いされて・・・・

もう忘れましょう。語り継いでも、聞かされた方も実感が湧かないと思うんです。
「今」に目を向けて、誤った道を進まないで頂きたいと思うだけです。
by okko (2015-08-08 15:03) 

ちゃーちゃん

こんにちは!
このブログは、FBから訪問しています…
OKKO さんは疎開や戦後の辛い時期を経験されたのですね。父親の仕事が職業軍人だったと言うだけで、猫を殺されたりいじめに合ったり…戦争は勝ち負けがありますが、どちらも犠牲者が出ます。ましてや敗戦国は言わず物がなですよね。
今は、TVや新聞上で色々と雲行きの怪しい状況が取り沙汰されていますが、これからの日本国を背負って行く若者は、色んな方面から知識を学んで頂きたいと思っています。
戦争は絶対にしてはいけません…と、先人から学んで欲しいです。  因みに私は、田舎暮らしで幼かった為に、切実に辛かった記憶が殆ど無いのです…父親も最後の徴兵でしたが
外国に出る船もなく、終戦を迎えたらしいです。
by ちゃーちゃん (2015-08-08 18:44) 

Loki

確かに・・。

 難しい問題ですよね。 誰かを悪者にしなければ、自分たちが頑張れなかった、決定権も何も奪われていた人たちの恨み。 でも、生き物の命を奪うのは、明らかに違う!

 職業軍人 = 率先して戦争をしたがった人! じゃないのにね。職業軍人の中にも、開戦しないように紛争した人。戦争を早く終わらせれるように一生懸命になった人。少しでも部下が危ない目に遭わないように知恵を絞った人。 きっといっぱいいたと思う。

 でも、映画等で描かれるのは、戦争終結に反対して画策して行動を起こした人たち。もちろん、ほんの一握りのそんな人たちも居たのも事実だろうけど、それが主流だと思うの間違ってると思う。

 でも、その時代に生きた人には・・・ やっぱり、スケープゴートが必要だったんだろうな・・・。 寂しい話だけど、人って弱いから。
by Loki (2015-08-08 21:20) 

okko

*ちゃーちゃん
ジイさまは空襲に遭い、死体が転がっている中を逃げたそうです。
物体にしか思えなかったけど、今考えると、怖いよな~って言っています。

戦争のない世界は理想ですけど、現にいまも中東では同じ民族同士がドンパチやっているし・・・いざとなったら、自分の国は守らなければならないし、先が見えません。
ちゃーちゃんのご実家は、ご無事でなによりでしたね。


*Lokiさん
父が何も話してくれなかったし、こちらが幼い時は近寄りがたい存在でしたけど、年をとってから、聞いておけばよかったなぁと、後悔しきりです。

部下の方たちには、慕われていたようで、戦後は本当に助かりました。それだけでも救いです。

そうですね、スケープゴート、何処かにぶつけたかったんでしょう。
砂糖の配給に並んでいたら「あら、お宅はたくさん隠匿してあったんじゃないの?」

チクチク言われるのは、我慢できませんでしたね。母の苦悩が偲ばれます。
by okko (2015-08-09 11:06) 

うさこ*

今日戦争のテーマの映画を観てきました。
防空壕や防災ずきん
配給とかだんだん知らない人も増えてしまうのかと。。
正しい戦争はありません。
猫ちゃんご冥福をお祈りします。(T_T)
by うさこ* (2015-08-09 18:54) 

okko

*うさこさん
実際に体験した人でないと、語り継ぐと言っても難しいんですよね~。

みんながそう思っても、正しいと思った人たちが戦争を始めるから、パラダイスは当分来ないでしょう。

猫のことは今でも腹が立っていますけど、みんな狂気だったのかもね。
戦後、落ち着いてから、母が3匹飼ってくれました。
by okko (2015-08-11 10:38) 

マリー

悲しいかな一番怖いのは、人間。

by マリー (2015-12-03 06:42) 

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