笛吹き老女 [随筆]
フルートを始めた。66才の手習いである。
25年間、テニスコートを走り回っていたのが、膝のお皿を割ると言う最悪の事態を経験してラケットを捨てざるを得なくなった。だが、これが案に相違して「おかげさまで」になった。たまたま体力の限界を感じ始めていた時だったから、骨折はいい機会を作ってくれたことになる。
人には、それぞれにその人なりの生活のリズムがある。テニスを失った自分の生活リズムが著しく狂ってしまった事は確かだ。一週間単位で考えても、空白の時間が驚くほど増えてしまった。だからと言って、遠くまで出歩くのはとても億劫で、近所を散歩するか日用品の買い物程度になってしまう。
これは何とかしなければと、1人ひっそり家にいた時、どういうわけか急に頭に閃いたのが、
「音がほしい」だった。CDやラジオ・テレビから流れてくる音を受ける側ではなくて、自分で音を出してみたいと思ったのである。ピアノはあれど、この年になると指の動きが複雑で・・・・もう少しシンプルなものに帰るべきではないかと考えた。
シンプルと言えば、そもそも一番素朴で原始的な音楽は、物を叩くことに始まったと思う。それはメロディーがなくてもリズムさえあればよかった。大昔の人たちは、何かを叩くことによって信号を発したり、情報の交換を行っていた。それが太鼓という整った形になったのは何時の頃からなのだろう。
その次にシンプルといえば、「吹く」動作だったとおもう。口笛に始まって草笛、竹笛、縄文遺跡からは石に穴をあけた笛状のものが発掘されたとも言う。この二つのシンプルな音は祭囃子や鼓笛隊、更には、歴史を振り返ればほら貝に陣太鼓、近世になれば軍隊の行進も太鼓に笛の吹奏楽で歩調を合わせたように、シンプル同士相性がいいようである。起床ラッパに突撃ラッパは我々世代の記憶にも新しい。
ラッパの語源は、サンスクリット語だそうだが、スコットランドにもバグパイプという、士気を鼓舞する吹奏楽器があった。