永遠になさぬ仲??
あら、大変、月が替わってしまった!
ここ数日、春を思わせる、というよりも初夏の気温が続いて、汗をかいてしまいました。
今日はエイプリルフールですね。グーグルさんで調べたら、インドの仏教に由来するとか、揶揄節と呼ばれたいた??、へ~~知らなかった!
いえいえ、それが本日の主題ではない。
先日、リハビリ病院で順番を待つ間、隣に座った年配の女性が話掛けて来て、それが終始、嫁への 不満ばかりで、ウンザリ。
「あら、お宅も坊ちゃんだけ? 娘さんが欲しかったでしょ?」
「いえ、別に~」
軽くいなしているうちに、順番で呼ばれて解放され助かった。
姑と嫁という漢字はあるけれど、話言葉になおした場合、義母(はは)はあるが義娘(むすめ)はない。
聞き手は「むすめ」と言えば血の繋がった娘だと思うし、義理の娘と紹介すれば、大方の察しはつく
ものの、若しかしたら養女かしらとも解釈しかねない。
それはいろいろなご意見もあるだろうけれど、お定まりの嫁姑不仲ばなしは聞いているだけで
うんざりである。今の時代にも、まだそんなに伝説めいた話がまかり通っているとは悲しくもある。
人は十人十色、底意地の悪い人もいれば、根は良いのだが、感情を上手に表現出来ない人もいる。
様々な性格の人がいてこそ世の中は面白いし、お互いに協調しあって生きていくのが大人社会の
ルールである筈だ。よそではそれが出来るのに、嫁プラス姑=犬猿の仲と言う特別枠の方程式だけが
通用するはどうも解せない。
話しは飛躍するが、私個人として「嫁」「姑」、どちらも形からして好感が持てない。
女偏に取ると書く難しい字もあるらしいけれど、「家」に入った女では「家」の方が優先する感じ
が強い。姑が古い女とは何事か!と腹さえ立ってくる。どちらも封建的な武家社会の、いまや過去形
の思考の上に成り立った漢字であることは間違いない。(大体、「娘」がみな良い女とは限るまいに)
家は二の次、息子個人と縁あって結ばれた女性が現代の嫁である。
親子の関係は、互いにいくら年を取っても変わらない。子に対する責任や身の回りの世話は、
相手が独り身のうちは、親の務めである。それを一手に引き受けて呉れる人が現れたのだから、感謝
こそすれ文句など言えた義理ではない。
成長した家族の中には他人が2人居る。自分の夫と子供の配偶者である。どちら共、血の繋がりが
ない。繋がりはないが、苦楽を共にする,自分にとって一番近い他人である、と思えば節度を持って
付き合っていかれないわけはないと思う。楽観的過ぎるだろうか?
若い人達は、新鮮な知識と刺激を与えて呉れる。姑の意識も少しづつ変化して来ている。
昔ながらの方程式が、嫁プラス姑=良き理解者に変化するように、お互いが努力しなければならない
時代になった。
どなたか、嫁を紹介するときに使うよい言葉を見付けてくださいませんか~?
親しい間柄の人には「ウチの嫁子ちゃんです」少し畏まった相手には「息子の連れ合いです」
使い分けては来ましたけれど・・・
女偏に新と書いて嫁、女偏に若と書いて姑なんていう漢字、いかがでしょうか。
:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::