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暫時、お休みさせて頂きます。



 珍しく1週間近く、記事をアップしていません。

 思えば、膝の怪我以来、好きなテニスともお別れ、「これからは、パソコンをやりなさい、新しい発見があるから」と、亡き兄に勧められて、入退院の繰り返しも卒業、近くにパソコン教室があると知り、早速、門を叩きました。

 卒業のとき、「ブログって言うのを始めると、友達の輪が広がって楽しいですよ」

 早速、始めてみました。書くことが好きなので、それが楽しみでした。

 カメラも嫌いではなく、最初の頃は必ず写真を1~3枚、載せていたように記憶しています。

 お蔭さまで読んで下さる方も次第に増えて、記事の数も2240までになりました。

 光陰矢の如し、とはまさにこのことを言うのでしょう。

 でもでも・・・流石にパソも私も年老いました。最近は、I Pad と言う便利で手軽なものを重宝しています。FBも書けますし・・・事実、パソコンのブロ友さんの中には、両方掛け持ちで記事や写真を載せている方も数名いらっしゃいます。

 そしてゲームの数が多い、面白い上に脳の活性化にもよい、と言われていますが、私の場合は何より面白くて負けたくない!!が目的でしょうか?

 いろいろと並べましたけれど、この辺りでパソコン・ブログは秋が来るあたりまで、休憩したいと思います。パソコンが反省するかどうか・・新しいのはもう、先が見えている人間稼業・・・[?]マークです。多分、買わないと思います。

 I Pad から自分のブログは覗けるのですが、描きこみは出来ません。

 梅雨から酷暑、嫌な季節が当分続きますが、どうぞ皆さま、くれぐれもご自愛くださいませ。

 なお、この記事に遊びに来て下さった方へのお返事は、書かせて頂きます。

  ありがとうございました!
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好きな色は??何色ですか。



 下手の横好きで「色えんぴつ教室」に通っていたことがある。

 その前は、油絵を・・・でも完成しても保存場所が問題だった。色鉛筆画は、匂いもないし場所も取らない。

 色は36色を使ったが先生はこう言われた。
  「このうち、白と黒は使うことが殆どないから、初めからないものと思って下さい」
 因みに、12色の色鉛筆セットに白は入っていない。(当時は)

 画用紙は、紙質の差こそあれ、特殊なものを除いては白と相場が決っている。なぜ白なのか、それはどんな色にでも塗り分けられ、その色を引き立てるためかも知れない。

 白く見える部分は最初から塗り残すように教えられたし、実際、絵を描く場合に限っても、真っ白な対象物はなきに等しいそうである。少女時代に塗り絵を楽しめたのも、やはり地が白ならではのことだったと思う。

 少し哲学的な言い方をすれば、白は「無」である。花嫁衣装が白いのは嫁ぐ家の家風に染まる意気を、切腹を賜った武士の白装束は文字通り「無」の心を意味しているように思われる。何かに驚いたとき「頭の中が真っ白になる」という表現を用いるのも「無」に通じるかも知れない。

 趣味や稽古事を始めるとき、教える側は、生徒が何の知識も持たないほうが教えやすいと聞く。つまり、白紙の状態である方が、生半可な色に染まってしまっている人よりも、何でも素直に受け入れてくれるから、ということだろう。

 白を効果的に塗り分けるのはこちらの責任である。真っ白で無垢な心をもって生まれてきた赤ちゃんが、非行少年に成長するか、悪徳官僚に成り下がるか、これは親と周囲を取り巻く大人社会の責任である。白はもこの辺りの話になってくると難しく、奥が深くなってくる。

 以前、入院していたとき、さまざまなお花をお見舞いに頂いた。こちらを元気付けようと、赤、ピンク、黄色、紫と色鮮やかなお花が多かった。だが、そのどれにも、白のカスミ草や子でまりが主役を引き立てるように、必ずと言ってよいほど添えられていた。

 何色にでも染まる白、引き立て役でありながら自分を殺すことのない白、自己反省も加えて、私の好きな色といえそうである。
 と言いながら、本当に好きな色は、トルコブルーなのです。

 そうそう、油絵を習い始めたとき、もしあれば、作品を一点、持参してください、ということで、まあまあこれならば、と持っていくと、一目みるなり先生曰く
 「これは写真をみて描きましたね? すぐに分かりますよ、自然のものであれ、加工されたものであれ、直線という物はこの世に存在しないんですから」

 ヨシッ!とばかりに描いた社宅の狭い庭。言われてみれば、柵も塀も、直線に見えるけれどそうではなかった。今でも大切にしまってあります。

*****************************************終わり


 
  
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あなたのお名前、何て~の??


 
 ブログでは、皆さま、ハンドルネームを使われるので本当のお名前は存じ上げません。

 それでも、一向に構わないのですけれど、ふっと気になって首を突っ込んでみたくなりました。

 「苗字(名字)帯刀」この言葉はご存知ですね。江戸時代、特定の庶民が血筋を表す家の名称を名乗り、大小の太刀をさすことを許されたことを表しているそうです。一般庶民には、苗字を名乗ることは許されなかった、武士は当然ですけれど、庶民では名主や庄屋さんでなければ資格はなかったとか。

 確かに時代劇など観ていても、一般庶民が名字で呼び合っている場面は皆無です。

 兎に角、江戸時代は武士が支配する社会でしたから、無理からぬことかも知れません。

 明治期には平民にも名字を名乗ることが許され、廃刀令により帯刀は禁止されたそうです。

 ところで、名字で一番多いのは、佐藤さん、鈴木さんがトップを争っているとか。

 私見ですけれど、日本は豊かな自然に恵まれ、田圃や畑を耕す農家が多い、ですから、名字もその自然を取り入れたものが多いという気がします。太田さん、中田さん、山田さんと下に田が付く名字、多いですね。
 小川、大川、山下さん、大木、杉山etc, 数え上げたらきりがありません.。
 
 ・・・と言うよりも、いきなり名字と言われても、誇りに思えるような先祖の家系を持たない庶民は、困惑。家から目に入る手近かなモノを名字に・・・となったのかも知れません。あくまでも想像です。

 庭に松の木がある、細いから「小松」にしよう、太いから「大松」中くらいなら「中松」というような具合に。

 名字をっ付けなくてはならない、という義務はなかったようですが、時代も変われば役所の届けなどにも名字を要求されるようになったのでしょうし・・・

 愚にもつかない想像ばかりの私見で申し訳ありません。

 因みに、私の実家は加藤、以前は「藤」がつくのは藤原家に起因すると言われていました。

 嫁いだ先は、どうも水関係に起因するようです。

 名字ばかりでなく、名前の方も、男子は「太郎」女子は「子」で終わる名前が殆どになりましたね。
昔は「田吾作」とか「権兵衛」なんていうのが主流だった?? 今はまた自由闊達、芸能人のような名前が流行っていますけれど。当家の孫もひ孫も、「太郎」「子」はついていません。

 すみません、すっかり想像の世界に遊んでしまいました。

 次回はしっかりとした記事を書きますから、ご勘弁を。

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チョット怖い話。



 怖い話と言っても、お化けにはまだ早すぎますね。

 もっと切実な「階級闘争」のお話しです。

 過日、五木寛之さんの「孤独のすすめ」という新書を読みました。

 いま、日本が抱えている重大な問題とは、少子高齢化の社会現象です。「人間50年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり」 平 敦盛が作った幸若舞の一節とありますが、織田信長と結びつけて記憶しています。

 そう、昔は人生50年だったようですね。

 産めよ増やせよの掛け声は、戦時中から?? いつの間にか、人生100年の時代になってしまいました。

 引用させて頂きます。

 (かっては、人口ピラミッドの頂点近くに存在するに過ぎなかった高齢者。それがいまや、「日本人の四人に1人は、65歳以上」という状況になりました。)

 医学の進歩で、殆どの病気は回復、高齢者のやるも気意欲も満々、ところが私自身も含めて年金生活者を支えてくれているのは若年層。それが子どもを作らないんですから、先細りは目に見えている。

 若年層軍 対 高齢者層軍の対立が、近い将来に現実のものになってくる・・・と言うわけです。

 少子化時代の人たちが、高齢者になったとき、ようやく採算が合うそうです。

 よく考えると、怖いハナシではありませんか?

 余韻を引きずりながら、珍しく本屋さんに寄りました。

 なんと、驚いたことに 高齢者層向けの本の売り場がかなりのスペースを占めていました。

  どうしたらボケないか?の類の本が一杯❣ ボケ防止の料理本、生活習慣、ボケないゲーム等々。

 全ての本屋さんに共通とはおもいませんが、いささか圧倒されました。

 書いている当人が、すでに91歳、今のところ膝の不具合を除いては、健康に過ごしていますが、これだけは書いておくつもりです。

 「助からないと分かったら、延命治療は必要なし!」

 チューブ人間になってまで、生きていたいとは思いません。父は「輸血をすれば延命できる」と言われたのをキッパリと断って、103歳で昇天しました。

 日本でも安楽死希望の高齢者の願いを受け入れるべきではないかと思います。

 話しが逸れました。高齢者の年金を負担している少子化時代の若年層のためにも。

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 前回、頂いたコメントにお返事を書いて置いたのに、また、幾つか消えてしまっていました。
 このパソコンも、かなり高齢化??どうぞ、お許しください。
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日本人って凄い!



 以前、性格判断をするときに、日本人は、干支と星座と血液型の三種を使う、という記事を書いたように思います。当たるか当たらないかは、お慰みで・・・。

 今日は文字のはなしです。

 日本語には、漢字、ひらがな、カタカナと三種の文字がありますね。

 普段、何気なく自由に使っていますけれど、こんな民族って珍しい、というか皆無ではないかと??

 「カタカナ語のあんちょこ」という文庫本を読んで、改めて感じた次第です。

 この三種の文字を、縦にも横にも自由に書く、しかもチャンと使い分けているって凄いと思いました

 目を海外に向けてみると、アルファベットは英語で24文字、それも縦には絶対に書けません。
欧米諸外国でも同じこと(詳しくはグーグルさんでお調べ下さい)

 小学校ではこの三種の文字を、どの様に教えているのか、興味が湧いてきました。子供たちは極く
自然に受け入れているのでしょう。

 外国人相手に日本語教師をしていた頃、文字だけはお手上げ状態だったことが思い出されます。
まあ、話すことを主体にしていましたから、問題はありませんでしたけれど。

 中国や韓国では、日本語の平仮名、カタカナに似たような語種の文字があるのでしょうか??
横にもかけるのでしょうか?
 
 ご存知の方、教えて下さいな。いや~、日本人は凄いです、改めて感じました。

 ブログも縦書きに出来ると便利、と思うのは私だけかも??
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目線の高さ [随筆]



 人と話をする時には、相手の目を真っ直ぐにみて、とはよく言われる。

 会話を交わしているのに、目を逸らしながら、目を伏せたまま、時にはあらぬ方向を眺めながらという
酷い時も、とひとさまざまな場合もあるけれど、あまり気持ちのいいものではない。相手の目線の行方が
その人の感情をそのまま表しているように思えるからだ。

 だが、同じ目を合わせるでも、目線の高低について考えみたことがあるだろうか?

 かなり昔の話である。

 ある日、友達が数人、遊びにきた。もう年老いて大人しいワンは、おぼつかぬ足取りで近ずいて行き、シッポを振りながら大歓迎である。
 「あら、可愛いわね~」「大人しいのね」と言いながら頭を撫でてくれた。

 その時である、上にキ印が付くほどの犬好きのTさんが、いきなり床にゴロッと寝転がって犬の頭と同じ位置に顔を置き、「いい子ちゃんだね、元気かい??」と、彼の鼻ずらを撫でてやったのである。

 犬とTさんの目線の高さが丁度おなじになった時の犬の喜びようは尋常ではなかった。体当たりするように身体全体で嬉しさを表現していた。呆気にとられている私たちに、彼女はこう言った。

 「犬はね、上から見ていられるのが怖いのよ、高い所から見下ろされているんだもの」

 なるほどね~、犬の目の高さになって上を見上げてみると、なんと人間の巨大なこと、まさに怪物並みである。いくらやさしく頭を撫でて貰っても、甘い声で話しかけてくれても、餌をくれても、人間の巨大さが威圧的に迫って来ることに変わりはない。相手が危害を加えないと分かっていても、これは
犬にしてみれば不快であり、恐ろしい。犬が吠えるにはさまざまな理由があるだろうが、この恐怖心によるものも含まれているに相違ない。

 試みに頭の中で、小型犬の目線の高さで散歩する自分を想像してみよう。車から吐き出される排気ガスは、顔をまともに直撃する毒ガスである。風の強い日は埃が身体を宙に舞い上がらせる。白い被毛も
すぐに灰色に変色させてしまう。右も左も巨人だらけだ。傍目には平和な犬と散歩の平和な風景も、犬にとっては迷惑千万、ストレスの塊かもしれない。

 ようやくそれに気が付いたときには、彼はすでに年老いてしまったけれど、それ以降は、あまり人混みの散歩はやめることにした。住宅街に住んでいる者には、せいぜい人通りのない細い道を選ぶことしかできなかったけれど。

 ところで、何故、いま急に犬の目線かというと、それと全く同じ状況に置かれているのがハイハイを始めた赤ちゃんではないかと思い当たったからである。

 大人が椅子に座り、ハイハイをしている子に向かってどんなに笑顔を送って見ても、あやしても、、彼、または彼女の目線よりは大人の方がはるかに高い。身体も大きい得体の知れぬモノが自分を見下ろしているような違和感を感じているかも知れない。ホラー映画の世界である。

 あの日、生まれて9か月になる孫息子が、何が気に入らないのか、突然ぐずりだした。何をやっても、泣き止まない。その時、ハタッと思い出したのが、そう、犬との目線である。

 相手が人間だから、ダメかと思ったが、物は試しと彼の横にゴロンと横になって見た。効果覿面!
今まで遥か上にあった顔を、いきなり自分が見下ろす立場の逆転に、一瞬驚いて泣き止んだ彼は、急に安心感を覚えたのか、ニコッと笑みさえ漏らしたではないか! そして、私の口や鼻をオモチャにして
すっかりご機嫌をなおしてしまった。

 抱っこをすれば、泣いている赤ちゃんの殆どは泣き止んでくれる。大人と同じ目線の高さになったことが全てとは言わないが、何処かに関連性があるように思えてならない。


 日本人は白人に比較すると概して背が低い。当然、目線を合わせて話していても、目線の高低差はかなりのものがある。言葉の障碍と相まって、相手を見上げなければ目が合わないという状態は、卑屈さや劣等感と背中合わせのような気がする。

 いつも思うことだが、先進国首脳会議などで、代表者が横一列に並んでの記念撮影は、椅子に腰かけて撮れないものだろうか??体格の差を、胸をいっぱいに張ることでカバーしているように見える日本代表の姿が、痛々しくさえ感じられるのは私だけだろうか?反対に東洋系の相手に対しては、ともすれば見下した態度を取りがちな同胞がいるのはその反対、目線の高さが大して変わらないから自然と自信が湧くという、おかしな現象、そのどれもが目線の高低差にあるような気がしてならない。

 「頭ごなしに叱る」という表現があるけれど、親が子どもを叱るときは、その子の目線と合うまで腰を折り、真正面に目を見据えて、しっかりと悪かった点を話してやるべきである。高圧的な叱り方よりも、子ども自分の言い分を訴える余裕が出来そうな気がする。

 大きいことはいいこと?かもしれないけれど、その大きい物を見上げている人間や動物たちがいることも決して忘れてはならないのである。

 生き物で一番、ノッポはキリンさんかな?でもね~、あれは弱い生き物、大事にしてやりましょ。

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 若いころに書いたものです。
 犬好きのTさんは、だいぶ以前に他界されました。前記事の骨折騒ぎで、もうワンは飼えなくなりました。顔で遊んでいた孫息子は来年、結婚します。何もかもがいい思い出としてのこっています。

 駄文、読んで頂いて有難うございました。(人''▽`)ありがとう☆
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後の後悔、先に立たず!



 日記って書いていらっしゃいますか?

 先日、ひょっこり黒い日記帳が顔をだして・・・・マメに付けていたものです。

 1999年のを懐かしさも手伝って、床に入ってから読んでいましたら、忘れもしない「あの日」の
出来事が、詳しく書いてありました。

 あの日、亡夫と一緒に買い物に出かけ、さあ、帰りましよ、と駐車場へ。

 その時になって、買い忘れたモノを思い出し、もう一度行って来るわ、と1人引き返そうと車止めを
跨ごうと脚を上げたつもりが、何とあと数センチの差で引っ掛かり、膝から前にズドーンと!!

 その日の朝、手が滑って好きなお皿を真っ二つに割ってしまったのが予兆だったのかも???

 兎に角、起き上がることも出来ず、抱えられて車に乗り近くの総合病院に連れていって貰いました。

 その頃には、膝は腫れ上がり、見るも無残な状態。  

 検査の結果、膝のお皿が真っ二つ、やっぱりお皿の祟りだったか~~[涙]

 即入院、手術。釘一本でお皿を繋いでもらい、数日は内出血が続きそれを抜くのが大変でした。

 なんと、転んだ日が母の命日、と言うのもチョット出来過ぎた話ではありませんか~。

 その後、一応、歩けるようにはなったものの、やはり不自由、痛みも完全には取れず。

 と言うわけで、人工関節に。あれから25年が経ちました。

 私は立派な??身体障碍者になりました。身障者手帳も頂きましたし(これが役に立つのはタクシー料金が安くなることぐらい?)いえいえ、贅沢をいってはなりません。

 人工関節にしてから、痛みは消えましたけれど、90度は曲がりません。

 ステッキでは頼りないので、右手に押し車を・・・。

 「あの時、買い忘れたモノなど、放っておけばよかったのに」

 今ごろ後悔しても仕方がありませんね。心して余生を送ります。

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好きな言葉 [日常、犬、時事問題、家族]




 冬の厳しい寒さに耐えた木々が一斉に緑の芽を吹くように、春は誕生のシーズンである。新調のスーツに身を包んだサラリーマン、OLたち、多少の受験疲れは見えるものの、晴ればれとした顔で登校する学生たち、大きなランドセルが歩いているような小学生、みんなピッカピッカの一年生である。駅では

「〇〇よろし!〇〇確認!出発進行!」と指差し呼称の声が溌剌と響いている。

 何もかもが初々しく、人の心も輝いて見える季節である。

 ところが、やがて倦怠感が音もなく忍び寄り、五月病と言う名の奇病が蔓延する。威勢のよかった
指差し呼称もいつしか聞かれなくなる。張りつめていた弦がたるみ勝ちになり、「馴れ」という恐ろしい現象が現れはじめるのもこの頃からだ。

 大分以前の話だが、遊園地の観覧車に客を積み残したまま係員が機械を停止させ、乗客たちは高い所に止まったままの車内で一夜を明かしたという、あってはならない事件があった。

 調べにより、その係員は四月に入社したばかりだったという。彼も配置された当初は車内をひとつひとつ点検し、或いは声に出して確認していたに違いない。馴れからくる油断が大きな事故につながる例は、探せばほかにもあるのではなかろうか。あの生真面目さは、何処にいってしまったのだろう?

 ある事件で証人として国会に喚問された某議員が、若くした初当選を果たした時の映像がテレビに映し出された。紅潮した頬、キラキラ輝く目、決意を表明した自信に溢れる声、あの初々しさは何処に行ってしまったのか?

 新しい運転免許証を手にした人、ウエディングケーキにナイフを入れたばかりの新婚さん、一生可愛がりますと子犬を飼ったあなた、輝くバッチが眩しい新米議員さん、なにごとによらず、スタート地点で心に固く誓ったことはいつまでも忘れずにいて貰いものである。

 「初心忘るべからず」  世阿弥のこの言葉をいつも自分に投げかけている。

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 昨日は大変失礼いたしました。メカに弱いバアさん、お手上げでした。

 余談ですが、ひ孫が小学生に・・自分の顔よりも大きなランドセルを背に、登校しているようです。
 
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すみません、変な横線が~~



 読みぐるしい記事をアップしてしまいました。

 デリートキーが付いていないので、なんとも仕様がありません。お許しください!!」
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好きな言葉

 冬の厳しい寒さに耐えた木々が一斉に緑の芽を吹くように、春は誕生のシーズンである。新調の スーツに身を包んだサラリーマン、OLたち、多少の受験疲れは見えるものの、晴れ晴れとした顔で登校する学生たち、大きなランドセルが歩いているような小学1年生、みんなピッカピカの一年生である。  最近は知らないけれど、駅では「〇〇よし!〇〇確認!出発進行!」と指差し呼称の声が溌剌と響いている。(最近は電車で出掛けることが殆どないので、不詳だけれど)  何もかもが初々しく、人の心も輝いて見える季節である。  ところが、やがて倦怠感が音もなく忍び寄り、五月病という名の奇病が蔓延する。張りつめていた弦がたるみ勝ちになり、「慣れ」という恐ろしい現象が現れ始めるのも、この頃からである。  だいぶ昔の話であるが、遊園地の観覧車にお客を積み残したまま係員が器械を停止させ、乗客たちは高い所に止まったまま車内で一夜を明かしたという事件があった。やはり、5月ごろの事件だったとッ記憶する。  あの係員も、配置された当初は車内をひとつひとつ点検し、或いは声に出して確認していたに違いない。馴れから来る油断が大きな事故につながる例は、いくらでもあると思う。  あの生真面目さは、何処に消えてしまったのだろう?  ある事件の証人として国会に喚問された某議員が、若くして初当選を果たした時の映像がテレビに映し出された。紅潮した頬、キラキラと輝く目、決意を表明し自信に溢れる声、あの初々しさは何処に行ってしまったのか?  新しい運転免許証を手にした人、ウエディングケーキにナイフを入れたばかりの新婚さん、 一生大事に可愛がりますと子犬を買ったあなた、真新しいバッジが眩しい新米議員さん、なにごとによらず、スタート地点で心に誓ったことはいつまでも忘れずにいて貰いたいものである。  「初心忘るべからず」 世阿弥のこの言葉をいつも自分に投げかけている。    ********************************************  すみません、長年書き溜めたエッセイもどきの駄文が、自分で製本して、もう数冊溜まってしまいました。これはだいぶ以前に書いたモノ、観覧車の事件もかなり昔の話です。  因みに、ひ孫一号も、今年から小学1年生、自分の顔よりも大きなランドセルを背負って出かけて行ったようです。老兵は去るのみです。
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